「Discovery Tradition in Japan」は、様々な形で伝統文化と関わりのある方にお話を伺うインタビューシリーズです。活動やその裏にある想いから伝統文化の輪郭に迫っていきます。ジャンルにとらわれずご紹介していきますのでどうぞお楽しみに。
伝統文化とテクノロジーの双方に軸足
竹村(JCBase):今回のゲストは、ブロックチェーンの世界でご活躍されていらっしゃる西村依希子様をお迎えしました。西村様は東証一部上場の金融機関で初めてビットコインを扱うことを世間に宣言され、またブロックチェーンと暗号資産取引の自主規制を検討する業界団体を設立するなど、ブロックチェーンや仮想通貨を初期から支えられています。ソーシャル経済メディアサイト「NewsPicks」の仮想通貨分野におけるプロピッカー(同サイトの公式コメンテーター)でもいらっしゃいました。かつ、ご実家が今から240年ほど前の江戸時代(天明元年・1781年)に創業した、お茶や茶器などを扱う専門店「竹茗堂(ちくめいどう)」という茶商をされていらっしゃいます。
そんなわけで、両極と捉えられがちな「カルチャーとテクノロジー」双方を知る立場からのちょっとこれまでにない切り口で、お話を伺っていこうと思います。
西村氏:私は現在、株式会社オープンハウスグループという会社で不動産とブロックチェーンを絡めた仕事をしています。去年までは金融の世界で、金融機関が仮想通貨やブロックチェーンなどを扱うにはどうしたらいいのか、法律の中にこれらの枠組みをどのように入れるかなど、各所と連携して取り組んでおりました。新たなテクノロジーをどのように啓蒙するか、どのように広げていくか、といったことの中心に7年ほどおり、また仮想通貨やブロックチェーンの黎明期からこれらの仕事に着手したため、世界中の様々なプロジェクトと繋がりを持つことができました。
一方、生まれた家は1781年に創業した竹茗堂茶店で、父が9代目で営ませていただいております。その中で、海外の方からビットコインでお茶を買えるようにならないのか、というようなお問い合わせや地方創生に関するお声がけをいただくことが多くなり、伝統文化と分散型自立組織(DAO)や仮想通貨、ブロックチェーンの可能性を日々考えているところでございます。
「自分のデータを自分で持つ」世界への転換
竹村:Web3.0、DAOなどのキーワードが登場してきたこの5~6年で、大幅にこれまでのITの概念が変わってきていると思います。ご家業のお茶のお話も伺いたいのですが、まずご存じない方のために「そもそもブロックチェーンとは何か?」や、現在の業界の潮流、その意味合いなどをお聞かせ頂けますでしょうか。
西村:例えばよくWeb3.0という言葉が聞かれますが、Web1.0は情報を一方的に受け取ることができる世界です。インターネット上の情報を読むなどですね。その次のWeb2.0は今の状態で、自分たちユーザーもネット上に発信できる世界。いわゆる今でいうITのイメージ、ネットショップの立ち上げやホームページ制作、SNSなどに近いと思います。Web3というのは、そこからさらに自分たちがWeb決済を導入したり、アプリケーション開発をしたりということを、みんなで一緒にできるようになるという違いがあります。
Web3やブロックチェーンというのは、巨大企業のシステムに依存せず、「自分のデータを自分で持ちたい」という発想から始まっています。「ブロックチェーン」は、その基礎となる技術です。仕組みのイメージとしては、全世界の人が誰でも見られる箱の中に色々なデータを入れて、その参加者が蓋をして、大きな南京錠みたいなものをかけます。南京錠を解除する番号を一生懸命計算(マイニング)して、正解を導き出した人ひとりに賞金(ビットコイン)が与えられる、というものです。この箱がひとつ終わると、次の箱に箱ごと全部データを入れて、その箱を圧縮して、残ったスペースにまた新しいデータを入れて、またそれを閉じて……を続けているのがブロックチェーンです。なので、例えば最初の頃の箱に入っているデータを変更したいとなると、それまでに作業されたデータを全部開けないといけません。ですからデータが改ざんできず、いつなにが行われたのかも全て記録され(タイムスタンプ)、そこに透明性があるのです。そういった要素が必要なものはブロックチェーンに馴染むでしょう。
竹村:つまり、本質的な「自分でデータを持ちたい」というニーズに対して、透明性を担保できるテクノロジーがブロックチェーンだと理解しました。そのための仕組みが整ってきた今の時代に、テクノロジーによって世の中がどう変わっていくのか、というのが一番大きなポイントになってくるのかもしれませんね。デジタルトランスフォーメーションという言葉もよく耳にしますが、本当の意味での変革というか、社会的な変革を生みだす下地ができ始めているというと、大げさでしょうか。
西村:まさにそういうことだと思います。DXは「今あるものをいかにデジタルに乗せるか」の話ですが、Web3.0はそこから一歩進んで、例えばGAFAと言われるような大企業が私たちの生活を掌握していることに違和感を抱いたりして、自分たちで自分のデータを持てるようになるというのが一番大きな変革なのではと思います。
竹村:これまでの個人はマイナンバーなどで国に管理されてきましたよね。さらに、GAFAのような企業はもしかすると、国以上に自分たちの趣味、嗜好を知っているわけですよね。ブロックチェーンによって、国と大企業がつながっていくような世界観が生まれようとしているのか、それとも国と大企業の対立がさらに顕在化していくのでしょうか。
西村:そうですね。規制も色々ありまして、例えばビットコインは、仮想とはいえ日本円と両替できる「通貨」であり、お金を集めるわけですので、しっかり金融機関然とした規制が必要です。だから整備も進歩していて、実は今それが一番進んでるのは日本なんです。なので、今のビットコインの取引所の人たちはほとんどが金融の業界から転職してきた人間が多いです。
別に既存のお金のシステムをわざわざ崩したいわけではなく、そのままあってもいいと思います。一方で、新しい技術によって、企業とか国とかに依存しないで自分たちの情報を作ったり、持ったり、拡散したりできる世界観が生まれたことで、既存システムの様々な無駄も見えてきますよね。そういった無駄はどんどん省かれて便利になっていくのではないでしょうか。
240年受け継がれたイノベーターの血筋
竹村:西村様は技術の最前線で働かれているのですね。では、今度は240年前の世界に戻って、竹茗堂さんのことをお話し頂ければと思います。
西村:まず、お茶が名産である静岡県の足久保に狐石という観光地があるのですが、そこには竹茗堂初代の「静岡のお茶は宇治のお茶に、育ちでは負けるかもしれないが味はいいんだよ、やっと静岡のお茶をこう綺麗なお茶の色に安定させることができたよ」というような内容の歌が刻まれております。それ以来、ずっと静岡茶を扱う茶商を営み、父で9代目になります。
竹村:なるほど、きっと江戸時代当時は「お茶」と言えば宇治、というものだったのですね。その中で静岡のお茶を確立しようという、ある種のイノベーションを起こそうとしてるっていうことだと理解しました。きれいな緑色をどう出すのか、先代の方はチャレンジされてきたのですね。
西村:はい。最初から自然とできました、というわけではなく、お茶の品質を安定させるには色々と工夫が必要だったのだろうと思います。仰る通り、イノベーターの血を引き継いでいるのかもしれませんね。それ以来「一代にひとつ何か新商品をつくる」というミッションがあります。
竹村:それは家訓としてですか。それとも、暗黙のルールのような形なのでしょうか。
西村:明文化されてはいないのですが、やっぱり親を超えたいというような感覚がどこかにあるのではないでしょうか。親が作ってきたものを大事にしながら、何か自分が面白いものをつくってみたいというのが伝統のようになったという感じです。父やその上の代くらいでは、家訓というか決まりとして頑張っていますね。
竹村:ホームページを拝見させていただいてると、お茶の飴(茶飴)や、熱湯でも美味しく飲める玉露「わらかけ」ですとか、「ウス茶糖」という商品もお見かけしました。
西村:「ウス茶糖」は、学校の先生からお茶屋に婿養子として入った代の者がつくりました。お店の前を通る子どもにウケるものは何かないかと考えて、お茶を甘くしたそうで、当時はもうバッシングがすごかったと聞いています。今は抹茶オレだとかそういった商品がいくらでもありますが、それらの走りという感じですかね。
竹村:それこそ、スターバックスなどでも普通に出てくるような商品を先駆け的に、約90年前に生み出しているのですね。
西村:私も高校生ぐらいの時、お茶にイチゴ味のようなフレーバーをつけるのを見て「えっ」と思った覚えがあるんですよ。今の私でも抵抗感がありますから、その頃にお茶に砂糖を入れて甘くするなんて、天罰が下るぐらいに思われたかもしれません。ですが「ウス茶糖」は、ありがたいことに今に至るまでずっとベストセラーで、竹茗堂と言えばウス茶糖、という感じで扱っていただいています。
竹村:90年前のことを昨日のように話せるというのは、やっぱり代々続いてきた家ならではだろうなと思います。先代が何したとか、先々代が何したみたいな話を当たり前のようにする中で「それなら自分はこういうのをつくろう」という風土が自然と受け継がれてきているのですね。
茶商として取り組むイノベーションとは
竹村:様々な方にインタビューさせていただく時に思うのは、「伝統が伝統のままで留まっていたら、多分途切れてしまうんだろうな」ということです。常に伝統と革新があるからこそ、今に続いているのでしょうね。西村様はテクノロジーの最先端にいながら伝統あるご実家の10代目を継がれることになると思いますが、そこはどうお感じでしょうか。
西村:何かの家元というわけでもなく、良くも悪くもうちはお茶屋ですので、重みみたいなものは感じていません。ただ一方で、生まれた時からずっとこの家にいて、ずっと家業を見ている人たちと一緒に暮らしていると、もうビジネスなのか家族なのかの境目がない状態で小さい時から育ちますので、知らないうちに「新しいものを教えてあげなきゃ」というような交流が出てきます。これは代々続く家ならではかもしれませんね。
竹村:実際、ご実家に最新のテクノロジー導入などを何か取り組まれたことはあるのでしょうか。
西村:まずは暗号資産の決済を入れたいと思っていますが、別の切り口として、どうしても「長い歴史」という面で日本の不利を感じるところがあるんですね。例えばワインやウーロン茶には熟成の文化があって、長く置いておくとどんどん高くなるんですよね。それに対して、日本は元来フレッシュなものがいいという文化ですが、そういったカルチャーはある意味この国独特です。ですから、そういった背景の日本の「長い」というのは、あまり意味がないかもと思うことがありました。なので、私はそれを逆手にとり「一年の世相を反映したお茶」を作ろうとしています。
竹村:面白いですね。一年の漢字みたいな、それをお茶で表現するという。
西村:はい。例えば「おうち時間」などですね。その一年の世相を反映して、ペアとして飲むのにいいお茶をまあ、その年ごとに出せないかなと。お急須を持っている人が少なくなってきた世代ですのでそれも加味して、世界中の人にも飲んでいただきたいのでボトルを想定していますが、高級感も追及しています。
竹村:お話をうかがって、これまでのものに新しい発想を反映していくというのが本質的な部分にかかわっているのかな、と思いました。20年に1回造り替えられる式年遷宮のように、同じものを造り変えていくような。
西村:まさにそうですよね。そういう視点で見ると、本当に随所に感じられます。
ツールたる技術を生かすのは伝統文化の側
竹村:テクノロジーのお話からご実家の伝統のお話までをうかがってまいりましたけれども、まさに今回のテーマ「テクノロジーとカルチャー」のミックスは、伝統文化に携わる方にとって、革新という大きなテーマにつながってくると思います。文化を次世代に残していくために何ができるかをみんなで一緒に考えたい、という中で、それはすごく強力な武器になってくる。ですので、伝統文化とテクノロジーの共通項だとか、 新しい考え方など、少しヒントをいただけますでしょうか。
西村:ひとつは「コミュニティ」、ふたつめに「記録」という概念があると思います。コミュニティっていうと、Web上のグループなどが連想されるかもしれませんが、例えば、お祭りの時の町内会ですとか、同じカルチャーの元に集った、表千家、裏千家などですね。Webがない時代に文化を伝承し続けてきたコミュニティの力って、絶対にあるわけです。今はそのコミュニティを手段として広げやすくなった、という捉え方ができると思います。
ですが、ブロックチェーンがひとつあっても単体では何の役にも立ちません。新しい技術ができてもコンテンツがまだ薄っぺらなうちに、なんだかよくわからない高値がついてしまう現象は実際あって、大きな問題だと思います。反面、重厚な伝統文化が、技術を使って伸びればコンテンツ側も充実し、文化が便利に広がります。コミュニティの運営の道具として、そういう新しいテクノロジーを使うっていうのは、とても相性がいいと思います。
記録でいうと、例えば伝統文化の重鎮の伝承がスマートフォンひとつに入っているだけならすごく不安ですよね。Googleのサービスに保管してあるから大丈夫だと言われても、googleがなくなったら、あるいはハッキングされたらどうするのか。そういう時に馴染みが良く、改ざんもできず、一点集中型でなくみんなの公共の場所に置いておけるブロックチェーンはすごく向いていると思います。
竹村:ありがとうございます。最新技術は様々なことができる一方で、伝統文化の側の立場としては、活用には技術的な面だけでなく使う側のマインドの変革の必要性も感じます。できることの素晴らしさに対して、我々自身がどう変わっていけるのか。
西村:情報や場、集まれる人などをクローズにすることで保たれるベールの中の世界、とはいえ、裾野を広げないとその権威は意味をなさなくなってしまう。コミュニティの力とのバランスを、どこの世界も取ってきたんだろうと思います。しかし、クローズドにすることの良さや趣旨を理解した上でクローズドにしている場はそれで保たれるわけなので、別にそういう場やテクノロジーを導入したからといって壊れるわけでもありません。ただ、もし裾野を広げたいとか、コミュニティを使いたいとか、便利にしたいとか、決済をしたいとか、国境を越えたいなどといったニーズがあるならお役に立ちます。どちらかといえば、伝統文化側が何をしたいかというビジョンをはっきり持つことが必要だと思います。
竹村:伝統文化って、ほぼどこも苦しんでいます。担い手の人口が減れば、需要が減るために道具の職人が減ります。しかし、伝統文化だと遠い世界のままでも、これが広まってみんながやっていれば、伝統ではなくひとつの日常文化になる。伝統文化は今まさに、テクノロジーに「状況を変えられる可能性を試すのか否か」の判断を突きつけているような印象を持ちました。
西村:テクノロジーにできることはありますが、コンテンツやカルチャーではない、ただの手段です。色々な発信をされているようなものと、特にミッションがなくて、ただ限られた中でやっていればいいものと、 今後の未来が分かれてくると思います。広めたい、 若い人を取り入れたいなどニーズがあるなら、きっとテクノロジー側は喜んで飛んでいきます。逆にクローズが悪いという話ではなくて、 それはそれでそのカルチャーの中で造成された考えですから、これまで通り人と人の間で伝承していくのでも、もちろんいいと思います。それ以上でも以下でもないという感じかな、と。
オープンな交流が伝統文化を未来へつなぐ
竹村:そういう意味で、伝統を守る大変さを知りながら、テクノロジーの最前線にいらっしゃる西村様のような存在は非常に貴重ですね。今後、ぜひ相互にご相談したり、ご相談をいただいたりということが増えてきたりすると、次世代に続くひとつの可能性がどんどん広がっていくんだなと思いました。
西村:大変ありがたいお話です。ぜひご相談してくださいという気持ちはすごくあります。テクノロジーは今まで私がいた金融業界にも当たり前になりましたけど、ダメとされていた時代もあって、金融の世界とテクノロジーの世界が融合してFinTech(フィンテック)となって普及してきたのは何年か前なんですよね。伝統文化に限らず、異文化との最初の交流はやはり大変だと思いますが、異文化にオープンマインドな人間が何人かいれば接点ができる。この点にはこの技術が合うな、というものを融合させていくと業界に早く伝播する、というのがこの7年ほどの私の実感です。私はその接点になりたいので、そういった仲間をたくさん増やしたいと思っています。
竹村:ありがとうございます。竹茗堂の初代の方が静岡茶を確立され引き継がれてきた、その根底にあるイノベーターの魂のようなものは、伝統として西村家に受け継がれていると 改めて感じましたし、その原動力やマインドといった本質的なところは変わらないまま、その時代の背景やその時々の様式、技術などをどう組み合わせて次の時代につないでいくことを実感しました。最後に、「伝統を次世代に」という点で、みなさまにコメントをいただければと思います。
西村:はい。私には2歳の子どもがいるのですが、その子に何か教えるってすごく大変なんですね。じゃあ、教えられる年代になったら伝承しようと思っても、その時の技術がどうなっているかなんて結局わからないんです。なので、今日の課題は、いつになっても多分難しいのではないかなと思います。私自身2~3歳から祖父の仕入れについていったり、 農家さんが茶葉を売りに来る時に一緒に飲ませてもらったりといったところから、なんとなく自分の運命、自分の家の仕事を見てきたんです。そう思うと早すぎるも遅すぎるもなくて、今日できることを周りに色々巻き込んでいくのが、伝承の第一歩だと思っています。そのために技術が必要な場合は、もちろん私もそうですし、「何かやらせてください」という若いテクノロジー世代がたくさん待っています。なので、テクノロジーを「怖いものが来た」と拒否するのではなく、一緒にできることがあるかもというマインドで仲間に入れていただけると、面白いものができるかもしれませんし、役に立てるかもしれません。そんなシーンがありましたら、ご用命いただければと思います。
対談プロフィール
西村 依希子(にしむら よきこ)
株式会社オープンハウスグループエバンジェリスト、日本ブロックチェーン協会アドバイザー。東京大学法学部卒。株式会社マネーパートナーズ入社、東証一部上場企業として初めてビットコインを扱うことを世間に宣言。ブロックチェーンと暗号資産取引の自主規制を検討する業界団体(現一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会・JCBA)の立ち上げ、事務局を約2年間単独で務めた後、現在は広報部会長。 2021年より現職。
竹村文禅
(一社)日本伝統文化協会会長。
現代、そして未来において、伝統文化が持つ価値をどのように見出し、次代に継承していくべきか。生活者の視点、企業人としての視点で、伝統文化の価値のリブランディングを目指し本協会を設立。