文化財・社寺修復を手掛ける塗師の旅がらすによるコラム長期連載です。シリーズタイトルは「旅がらすの日曜日 ~社寺修復塗師の街並み散策日誌~」。様々な季節、日本各地の街並みを探訪、古の遺構にも目を向け、社寺修復塗師ならではの視点で綴っていきます。肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。
花街と寺社の関係
写真を整理していたら、岡崎に来て間もなく訪れた近所の松應寺界隈の写真があった。松應寺は家康が幼い頃、悲運の死を遂げた父松平広忠を弔い植えたとされる家康手植えの松がある小さな寺だ。後に岡崎に入城した家康が、その松が願い通り育っていたことを喜び「松應寺」と名付けたと云う。
参道を北進し(参道と言ってもごく普通の道だが)松應寺横丁と書いてある木造アーケードに入る。寺とスナックが並立している不思議な光景に思わずスマホをかざす。観音様もスナックの脇だ。
レトロな横丁を抜けると妖気を放つ異様な建物が乱立し出す。肉屋に薬局に喫茶店、首切り地蔵も実にシュールだ。何か違和感を覚えつつその場は通り過ぎた。
ひっかかっていたので、後から調べてみたところ、松應寺周辺の松本町(松栄連)は明治後期から昭和中期まで花街(かがい)として、多くの芸妓置屋を構え栄えた場所だった。今はその名残りから、一時期より大分減った様ではあるが、ひっそりとスナックが建ち並ぶ街である。
置屋らしい建物があまり見当たらなかったので、調べるまでははっきりとは分からなかったが、近いうちにもう一度行って隈無く散策してみようかと思う。しかしここでも見られるが、古いスナックの入口は斜め扉に豆タイルというのがお決まりパターンな様で、これが置屋や揚屋などの建物からの流れなのかどうかは自分には分かりかねるが、どなたかご存知でしたらお教え頂きたい。