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旅がらすの日曜日 ~社寺修復塗師の街並み散策日誌 愛知県 蒲郡市 形原温泉

旅がらすの日曜日 ~社寺修復塗師の街並み散策日誌 愛知県 蒲郡市 形原温泉

文化財・社寺修復を手掛ける塗師の旅がらすによるコラム長期連載です。シリーズタイトルは「旅がらすの日曜日 ~社寺修復塗師の街並み散策日誌~」。様々な季節、日本各地の街並みを探訪、古の遺構にも目を向け、社寺修復塗師ならではの視点で綴っていきます。肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。

あじさいの里が賑わいをみせる形原温泉。毎年6月に十万人の人々が訪れ、百二十種五万株のあじさいに魅了される。夕方になっても駐車場待ちの車の列は続いている。列を横目に一軒の温泉宿へと向かう。

形原温泉

16世紀後半、天正年間に補陀寺の祖丘禅師が夢のお告げにより湯を掘り当てたとある。一度枯渇するも昭和の三河地震により再度湧いたという意外にも歴史のある温泉のようである。

7軒の宿のうち、日帰り入浴が出来るのは1軒。向かった宿はかつての賑わいを思い起こさせる立派な門構えを抜けた丘上にあった。中へ入ると、四、五人の仲居さんが出迎えてくれた。こちらはただの日帰り入浴客だが……

タオルを受け取り向かう足取りははやくなる。人気のない廊下を進み扉を開けると、驚いたことにそこには誰もいなかった。僻地の秘湯ならともかく、貸し切りとはいかに。外湯は温泉の様だし、三河湾を望む開放感も悪くない。

しばらく堪能するうちに、残念ながら客がいないことに合点がいく部分も少なからず見えてきた。ここに千円を払うならば、温泉や立地としては海岸へ少し向かった西浦温泉の方が充実しているだろうし、歴史ある古湯、三谷温泉もすぐ近い。

とはいえ、貸し切りの広い風呂で足を伸ばせることもめったにない。満喫したところでフロントへ戻ると、仲居さん達はロビーで雑談会、カウンター奥、暖簾の向こうではズボンを下げてシャツを入れ直しているホテルマンがいたりする。田舎ではよくある光景だが、暇な時間帯とはいえ、これだけの従業員を余している余裕が何処にあるのか甚だ疑問に思う。

ブザーが鳴った後のメリーゴーランドのように惰性で回っている。あとは止まるのを待つだけで、そこには新しい挑戦も、明るい未来も見えない。かつて、国内旅行が全盛だった時代の産物でしかない様に思う。このひなびた温泉地に7軒の宿泊施設は明らかに供給過多にみえるのだ。

僕はこの土地に明るい人間ではないし、あくまでも勝手な主観に過ぎないが、蒲郡という町は海あり山ありで、その景色に加え三河湾の海の幸とミカンやメロンなどの果物も豊富な土地で見所も沢山ある。

豊橋や岡崎といった中核都市からも近いが、東海道からは海側に外れるため、敢えて向かわないと行くことのない場所にある。そのためか独特な海岸リゾートの様な空気感を持っている。名古屋からの日帰り観光地の色も強い。ただ今は道路交通網が発達し過ぎて、この位の距離だと日帰りで行けてしまうため宿泊施設に閑古鳥が鳴いてしまう。都市になってしまっているので泊まろうと思えないというのもある。

ラグーナテンボスというテーマパークにより少し盛り返したりもしているようだが、かつて栄えた温泉街の復活には町ぐるみ市ぐるみでの観光戦略が必要で、各々が惰性でやってれば良いものでもない。そこには歴史に目を向け文化的価値を見出だすことで恒久的なまちづくりを心がけていく必要があるように思う。形原温泉のあじさいはとても魅力的だが、年にひと月の賑わいでは、そのうち温泉と共に街自体が枯渇してしまうのではないだろうか。

今度は西浦と三谷にも行ってみようと思いつつ、隣町幸田町のあじさい寺本光寺へと向かう。

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