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Discover Tradition in Japan #8 安福 武之助(やすふく たけのすけ)氏

Discover Tradition in Japan #8 安福 武之助(やすふく たけのすけ)氏

「Discovery Tradition in Japan」は、様々な形で伝統文化と関わりのある方にお話を伺うインタビューシリーズです。活動やその裏にある想いから伝統文化の輪郭に迫っていきます。ジャンルにとらわれずご紹介していきますのでどうぞお楽しみに。

神戸酒心館の歴史と伝統

竹村(JCBase:本日は、日本酒に新風を起こす創業1751年の神戸酒心館、安福様にお越しいただいています。1751年というのは約270年前で、安福様は13代目にあたります。「福寿」を守りながら、ゼロカーボンを目指す世界初の取り組みをされています。伝統と革新の融合は、当協会にとっても大きなテーマになっています。まず安福様から神戸酒心館の歴史についてご説明いただき、その後に詳しくお伺いしたいと思います。

安福武之助氏:ありがとうございます。当社の創業は徳川吉宗の時代にあたります。私たち神戸酒心館は、家族経営を270年続けてきました。神戸酒心館は、4つの蔵からなる複合施設で構成されています。酒を造る「福寿蔵」、酒を販売する「東明蔵」、酒と料理を楽しむ「料亭さかばやし(水明蔵)」、そして「酒心館ホール」です。私たちは単なる日本酒の造り手ではなく、清酒製造業、観光事業、飲食事業を統合し、価値の創造を目指しています。

1995年1月の阪神淡路大震災では、木造の蔵がすべて倒壊しました。しかし、多方面からの支援を受け、1996年5月には神戸酒心館を再建することができました。当社の銘柄「福寿」は、七福神の一つ、福禄寿に由来しており、お酒を飲む方々に財運がもたらされるよう願いが込められています。看板商品である「福寿純米吟醸酒」は、ブルーのボトルに入っています。

私たちの酒づくりは、六甲山の恵みを受けながら、伝統に新技術を融合させて新たな伝統を築いています。六甲山から流れる宮水、兵庫県特産の山田錦、六甲おろしの風、瀬戸内の温暖な気候が絶妙に作用し、当社の日本酒が生まれています。お酒の原料は米と水というシンプルなものですが、良い米と水がなければ良い日本酒は作れません。私たちは神戸市北区大沢地区の農家と特別な契約を結び、丹念に栽培された山田錦を使用しています。日本の名水百選に選ばれている宮水は、六甲山系からの伏流水で、花崗岩を主とした岩盤を流れるため、鉄分が少なくカリウムやリンが多く含まれており、酒造りに最も適した水の一つです。この水の力を最大限に生かして、お酒を造っています。

私が家業を継いだ時、兵庫県北部、城崎温泉のある但馬地方から杜氏が毎年来ていました。彼らの技術は素晴らしく、良いお酒を作ってくれましたが、高齢化が進み、技術継承に問題がありました。そこで2005年より、管理プロセスのデータ化を進め、高品質の酒づくりを目指しました。洗米、浸漬、蒸し米などの詳細なデータを取ることで、社員でも高いレベルのお酒を安定的に作れるようになり、品質向上に成功しました。これにより、全国新酒鑑評会やインターナショナルワインチャレンジなどで金賞を受賞し、国内外で高い評価をいただいています。特に「福寿純米吟醸酒」は2008年からノーベル賞の公式行事で提供される日本酒に選ばれるなど、評価されています。

また品質向上に加えて私たちは持続可能な経営にも力を入れています。2010年以降、エネルギー使用量やCO2排出量を削減するなど、環境価値と経済価値の両立を図りました。2022年にはカーボンゼロの日本酒を発売しました。このお酒は、100パーセント再生可能エネルギーとカーボンニュートラルの都市ガスに転換することによって、日本酒を作る工程において二酸化炭素(CO2)の排出ネットゼロを達成したものです。これはフードサプライチェーンにおける脱炭素に貢献することを意味しています。 世界的な環境アワード「サイエネ賞」も受賞しました。

循環経済社会の実現に向けて、弓削牧場のバイオガスプラントから得た消化液を使った山田錦の栽培や、リサイクル可能な瓶の使用、酒粕の再利用にも取り組んでいます。また、地元の自然保護活動や「コウノトリ基金」への寄付を通じて、地域社会への貢献も行っています。

このように伝統を守りつつ新しい技術を取り入れ、持続可能な酒造りを続けてきました。これからも環境に優しい日本酒の提供を目指し、挑戦を続けてまいります。

DXとグローバル展開

竹村:ありがとうございます。270年続いてきたお酒の歴史を背景にしながらも、まるで現代のグローバルなカンファレンスでプレゼンされているような取り組みだと思いました。日本酒という枠を超えて、様々な分野に通じる話ですね。このあと、詳しく伺いたいと思っています。一つは「イノベーション」です。流行りの言葉でいうとデジタルトランスフォーメーション(DX)ですね。二つ目は、SDGsやサステナビリティ、こちらについても伺いたいですが、まずはDXについて教えてください。

安福:私は学校を卒業して、ビール会社で7年間ほど働き、それから2003年に神戸に戻って家業を引き継ぎました。当時は杜氏さんがいらっしゃって、本当に素晴らしいお酒を作っていただいていました。私も最初はお酒づくりを勉強したかったので、蔵に泊まり込みで杜氏さんと一緒にお酒づくりを行いました。朝は3時頃に起きてお米を洗う準備を始め、麹の温度をチェックするなどの作業がスタートします。朝ごはんは6時頃にみんなで一緒に食事し、その後すぐに仕込みの作業に戻ります。1日中様々な作業を行いますが、厳しい環境でお酒を作ることは酵母や麹菌の活性を保つためには重要ですが、実際に作業する人間にとっては非常に大変です。特に若い世代がこのような過酷な環境でお酒づくりを続けるのは難しいと感じました。そこで、杜氏さんの技術をデータとして蓄積し、一般の社員と同じような労働時間で作業ができるように工夫することにしました。杜氏さんは素晴らしい人達ですが、技術を教えることには消極的なため、盗むような形で技を蓄積していきました。これがDXへの取り組みのはじまりになります。

竹村:今おっしゃられた通り、職を失うことを含め、良いと思わない人も多いでしょう。しかし、それを乗り越えないと高齢化や若者の不足など、次世代に本当に良いものが受け継がれないという問題が生じますよね。近代化や工業化が進むビール会社で働いた経験と、同時に300年に及ぶ伝統とのはざまで、その葛藤は大きくなっていったのでしょうか。

安福:アサヒビールでは、工場の総務部も担当していた時期がありまして、運営面でも様々なことを学ばせていただきました。思ったことは、伝統的な日本酒が工業製品のようになるのは良くないということです。私はワインの輸入も担当していて、当時、ビール会社でありながら、フランスをはじめ世界中からワインの輸入を行っており、その窓口としての仕事も経験しました。特にワインのブランディングやマーケティングに直接触れ、学ぶことができたのは非常に大きな経験でした。ワインと日本酒は原材料も異なり、違う飲み物ではありますが、同じ醸造酒というカテゴリーに属しています。神戸に戻って酒蔵を継承するにあたって、まず感じたのは危機感でした。ここからがスタートだったように思います。

竹村:危機感を抱きつつも、工業品や製品になってはダメだという、その思いはどういうところにあるんでしょうか。

安福:私が神戸に戻ってきた時は2003年。当時、焼酎ブームが盛り上がっていました。日本酒の消費量は減少の一途を辿り、その一方で、森伊蔵などの小規模なブランドが登場し、消費量は急速に拡大していく時代でした。伝統を継承していかなくてはいけませんが、最も避けたいと思ったのは、自分のブランドである「福寿」が民芸品のようになってしまうことです。地方のお土産屋さんに置いてあるような、単なる民芸品ではなく、もっと価値を高めて、新しい魅力を持つものにしていきたいと強く感じました。市場を見てみると、日本酒は肩身が狭い状況でした。しかし、何とかチャンスはあるだろうと思い、どうすれば日本酒を新しく魅力的な飲み物にできるかを考え、国内市場だけでなく海外市場にも目を向けて、輸出を始めたのです。海外でのワインのブランディングやマーケティングを学ぶ機会があったことは大きかったと思います。

竹村:まさにこの2つ目のポイントは、グローバルということだと思います。おっしゃる通り、ワインは高い値段でもそれが当たり前のようになっています。日本酒も一部の銘柄は高くなっていますが、ビールメーカーで学んだマーケティングやブランディングがいかに発揮されているかという点において、グローバルな視点が非常に重要ですね。

皆さんは初めて知るかもしれませんが、2008年以降、ノーベル賞晩餐会で日本酒が提供されているのです。日本国内で評価されていない価値が存在しているということでもあります。どこかの店に並んでいる一品ではなく、しっかりと評価されるべきです。日本酒の素晴らしさが日本国内で伝わりにくいというのは、現代アートにも共通していると思います。草間彌生さんや村上隆さんがグローバルに評価され、日本での評価が高まるケースも多いです。実際、海外の方々の反応はいかがでしたか?

安福:そうですね、ノーベル賞の公式行事で日本酒が提供されたのは、私がスウェーデンに輸出していたことがきっかけです。スウェーデンの輸入会社の社長が有名なソムリエで、ノーベル賞の公式行事の飲み物をコーディネートしていました。彼と話す中で、日本酒をもっとグローバルに評価される飲み物にしたいと考えました。海外では日本酒が日本食レストランで飲まれることが多く、非常に限定的です。日本でもワインが家庭で飲まれているように、日本酒も家庭で飲まれる飲み物にしたいと思いました。日本酒のポジションを高める方法を考え、ノーベル賞の公式行事に提供することを提案してもらいました。これがきっかけで、日本酒の提供が始まりました。現在、ノーベル賞の公式行事で提供されているのは、福寿の純米吟醸です。華やかな場において、日本酒を少しご存じの方は純米大吟醸が出ると思うかもしれませんが、純米吟醸が選ばれています。日本酒はワインよりも多くの旨味成分が含まれているため、様々な料理との相性が良いのです。こうした発見が日本酒のイメージを変えるきっかけになったのではないかと思います。現在、日本酒に対する見方はグローバルでも変わりつつあり、特に今のコロナ禍では国内の日本酒市場が縮小している一方で、海外では急速に成長しています。

竹村:面白いですね。日本酒がいろんな料理に合う。値段の高い安いとかではなくて、 何が合うのかという、ある意味正しい審美眼を持って評価するという文化が海外にはあるということですね。だからその土俵にまず乗せる、多分 そういったきっかけを作った安福さんは、この自社のブランドだけじゃなくて、日本酒そのものをどう マーケットとして広げていくかという活動をすごくされていると思いました。安福さんの取り組みが、日本酒の価値を高める大きなステップとなったのでしょうね。

次世代に繋ぐサステナビリティな取り組み

安福:私たちのいる神戸は「灘のお酒」と言われますが、それぞれの地域に根付いたお酒の価値がそこに生まれてくると思っています。マーケティング的にはグローバルな話題もありますが、一番大事なのはやはり地元です。そういった意味で、お米作りや水の管理など、サステナビリティの取り組みが非常に重要だと感じています。

竹村:サステナブルな取り組みを実践するのは難しいと思いますが、経営の中で本気で取り組んでいるという強い思いを感じます。その原動力は何でしょうか?

安福:危機感が一番の原動力です。2003年に蔵に戻った際、杜氏の高齢化に対する危機感を強く感じました。現在は、社員による酒造りに移行し、品質の高いお酒を安定的に作れるようになっていますが、お米の品質は毎年変動します。今年はお米がよく溶ける、または溶けにくいというように、気候変動が品質に影響を与えています。事業を継続して成長させるためには、地域と共に発展しなければなりません。私たちの会社が発展しても、お米がなければ事業を続けられません。地域と共に成長することが非常に重要です。山田錦の生産者も高齢化や後継者不足に直面しており、これは環境問題や社会問題と同じくらい重要な課題です。お米作りを支えるためには、新たな土地の購入や農業を始める必要がありますが、法律的にも簡単ではありません。

竹村:お酒は自然の恵みであり、その土地の産物です。その土地を守り、次世代につなぐには自分たちだけでなく、周囲の環境も含めてサステナブルでなければなりません。270年続いている福寿というお酒がさらに270年続くためには、そういった覚悟が必要となりますね。

安福:その通りです。まずは一歩を踏み出さなければ、社会を変えることは難しいです。2022年、カーボンゼロの日本酒を発売し、多くのメディアに取り上げられましたが、実際の売れ行きはまだまだです。消費者は価格やブランド、味わいで購買を決める傾向があり、環境に優しいからという理由で購入する方は少数です。これから消費者の行動変容を促進し、持続可能な社会の実現をともに目指すことができればと思っています。

竹村:安福さんが指摘された問題は、日本の伝統文化そのものが抱える問題と同じです。伝統文化が「何百年も続いている」で終わってしまうと、途切れてしまうかもしれません。私たちが伝統文化を支える意識を持つことが大切です。ヨーロッパでの受賞歴は素晴らしいですが、日本でも環境や品質に関する取り組みを評価し、自らも消費や投資を行うことが重要だと思いますね。

安福:まさにその通りです。日本の伝統産業にはまだまだポテンシャルがあります。国内ではピーク時の3分の1以下の消費量ですが、海外で高く評価されることが多いです。この経験を通じて、伝統産業の成長と発展を信じています。

竹村:伝統を守りながら変化を取り入れることが重要ですね。日本では本来、非常にサステナブルな仕組みとして日常生活や文化に深く根付いているはずです。一方で、良い社会を目指す中で、今のような環境に対して、私たち自身がもっと変わっていかなければならないと強く感じました。いろいろな取り組みをされていると思いますが、コミュニティの中で具体的にどのような活動を行っているのか、何かお聞かせいただけますか?

安福:私たちの酒心館ホールでは、もともと酒蔵として利用されていた建物を活用し、伝統文化を発信するエンターテインメント活動を行っています。コロナ禍で一時活動が制限されましたが、落語の会などを通じて伝統文化を継承し、地域の方々に触れてもらえる場を提供しています。また、お酒も文化の一部として国内外に発信しています。 竹村氏:ありがとうございます。本当に素晴らしい取り組みです。お酒だけでなく、お酒を中心としたバリューチェーン全体を幸せにする取り組みがあるということ、改めて理解しました。日本の伝統文化を次世代に繋げるために、安福さんのような取り組みが必要です。神戸に訪れる方々には、ぜひ神戸酒心館で蔵見学とお食事を楽しみ、ネット販売もご利用ください。


対談プロフィール

安福 武之助(やすふく たけのすけ)

1973年生まれ。甲南大学経済学部、ノートルダム大学、ニューヨーク州立大学バッファロー校で学ぶ。1997年アサヒビール株式会社入社、東京工場総務部、酒類第二部ワイングループ主任を経て(株)神戸酒心館入社、酒類総合研究所で醸造を学んだ後、社員による酒造りや輸出の再開などの業務改革に取り組む。8代目当主から受け継がれている「安福武之助」の名を2011年に襲名し、13代目当主として代表取締役社長に就任。
ウェブサイト(株式会社神戸酒心館)

竹村文禅

(一社)日本伝統文化協会会長。
現代、そして未来において、伝統文化が持つ価値をどのように見出し、次代に継承していくべきか。生活者の視点、企業人としての視点で、伝統文化の価値のリブランディングを目指し本協会を設立。

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