JCbase

Evolving Tradition in Japan #3 有職組紐 道明 葵一郎(どうみょう きいちろう)氏【前編】

「Evolving Tradition in Japan」は、伝統文化を担い次代に繋いでいく“人”にフィーチャーしたインタビューシリーズです。様々なジャンルの日本の伝統文化のトップランナーをご紹介していきますのでお楽しみください。

組紐とは?

竹村(JCBase):道明さんというと「着物の帯のところにあるあれ」というイメージが真っ先に浮かびますが、そもそもこの組紐とはどういう定義なんでしょうか。

道明氏(以下道明):組紐というのは、「繊維を組織化していく技術のひとつ」で、織物、編物、そして(織物編物とはまったく違う組織として)組物があって、よくその3つが並べられます。織物は、たて糸に対してよこ糸を入れていくことによって平面が出来上がりますが、組紐というのはどちらかというと斜めに糸がジグザグに動いていくんですね。ジグザグに糸が動いていて、そして端部で折り返されて長い紐状になっていくそれが組紐なんです。

竹村:なるほど。

道明:組紐は、織物のような縦と横の区別ではなく斜め格子にジグザグに斜めに組み上げていきますので、織物より伸縮性が出ます。ネクタイのイメージに近いですね。伸縮したものをギューッと締めるとキュッと戻ってなかなか解けない構造になっていまして、まさに結ぶことに適した紐を作るための技法になっています。

道明(どうみょう)の歴史

竹村:道明というお名前は会社名は一緒ですし、とても歴史のあるお名前のように感じます。簡単に歴史を教えていただいてもよろしいでしょうか。

道明:創業が1652年、承応元年になります。

竹村:1652年!!

道明:その頃からですので約360年になります。昔から江戸の不忍池の近くでずっとやっていました。

竹村:360年間、同じ形で伝統を守り続けていらっしゃるんですね。

道明:江戸時代は組紐を生業とする方がたくさんいたようです。私どもは、ずっと「手染め」「手組み」の手作りで組紐を作るということをかたくなに続けてきましたが、明治以降同じやり方をしている方がどんどん減っていきました。

竹村:先ほど上野の不忍池という話で、今もそちらに会社を構えていらっしゃいますが。

道明:そうですね。多少動いたこともあったようですが、基本的には不忍池のほとりにありました。

竹村:それはすごいですね。

組紐の歴史

竹村:結ぶことに適した組紐が、着物の帯締めなどに使われる理由がよくわかりました。一方で、結ぶことに適したものは無限大にあるような気がします。組紐の歴史はどれくらい遡るものなのでしょうか。

道明:発祥は紀元前の中央アジアに遡り、日本には1400年以上前の飛鳥・奈良時代に中国・朝鮮を経て仏教とともに伝わりました。本当に単純な紐は原初的なものなので、もっと昔から人類の歴史とともにあったんじゃないかと思います。仏教伝来とともに日本に入ってきまして、独自の発展を遂げて今に至るという感じです。

竹村:仏教伝来というキーワードは、伝統文化の文脈でよく登場しますね。日本における文化が花開く種を運び込んだのでしょうか。

道明:そうですね。日本文化は、定期的に海外からそういう種が運ばれてきて、長い時間をかけて和様化してくる時期が交互に起こってきたといわれてます。一番歴史によく残ってる中では、特に仏教伝来から奈良時代にかけての頃に、海外の文化を積極的に取り入れたんじゃないでしょうか。

竹村:「和のテイストに変える」というキーワードがありました。日本のおもしろさは、海外から取り込んだ文化をそこから全く違う文脈に変えてしまう力があって、かな文字とかもそうですし、ある種日本の伝統文化の特徴といえる面があると思うんですが、そのあたりはどうでしょう?。

道明:そうですね。そういった特徴が組紐にも完璧に出ておりまして、一番最初に大陸から渡ってきたものが、正倉院なんかにはたくさん残っているんですね。飛鳥時代から奈良時代の組紐は、大陸から渡ってきてすぐぐらいのものですね。いわゆる中国的な色彩で、組み方もシンプルなおおらかな組み方が多いですが、それが時代を下って平安時代にもなってくると作りが緻密になってきて複雑化してくるんですね。平安時代、大陸から入ってきたシンプルな組紐をもう何個も何個も連結して同時に組んでいくような、複雑な組織の紐が日本に渡来した後に登場してきました。

法隆寺幡垂飾の復元模造

竹村:長い歴史の中で、一番花開いた時期というのはあるのでしょうか。平安の時には既に緻密なものができていたというのがすごく意外でした。

道明:実は平安の前期中期はあまり残ってないんですね。着物についても同じことが言えるんですが、あんまり残っていない。ただ平安末期ぐらいになってくると突然組紐が現れだして、そこから鎌倉から室町の前期辺りにかけてが一番花開いた頃と言えますね。その頃の歴史的な組紐が各地に残ってます。ただ、あまりにも作りが難しすぎて、近年になるまでどうやって作ったのかわからないものがたくさんあったんです。

竹村:平安の時代のものが実は技術的にすごく難しくて、再現ができない状態がずっと続いてたということなんですね。

道明:戦国時代には、そういった工芸的な組紐がすたれて実用的な組紐ばかりになりました。技法的には結構途絶えていたんですね。江戸時代に武士でそういった工芸を研究している人たちが、構造というか作り方を研究したり、古い組紐で色々調べたりして、江戸の独自の技術も多く作られました。ただ、いにしえの組紐を解明するには至らず、似て非なるものを作っていたりしました。

竹村:「江戸時代は」ということは、ひょっとしてその後解明されて再現可能になったということですか。

道明:そうなんです。明治以降にそういった組紐の学術的な調査も行われるようになり、道明でもそういったことにご協力していたんです。正倉院にある組紐はそこまで構造的に難しいものではなかったんですが、たとえば平泉の中尊寺の藤原秀衡のミイラの棺の上に置いてあった組紐などは、長い間作り方が謎に包まれていましたが、戦後の様々な研究によって再現することができるようになりました。そこから昭和から平成まで、道明でも日本中の組紐を調査しまくってですね、見つかっている組紐の大半は再現ができるようになりましたね。

正倉院の組紐の復元模造
新中尊寺組
藤原秀衡の棺に収まる断片から構造を解明した組紐を、帯締として改良を加えた

竹村:今のお話は大変驚きました。いろんな伝統文化の方とお話しすると「途絶えた」とか「その職人芸はもう今の人はなかなかできない」とか、そういうお話ばかり聴いていたので。組紐の場合は千年以上もの歴史がある中で、その全盛期をある種解明しおそらくその先へ、伝統というよりはむしろ今を生きる文化という気がして感動を覚えました。「再現できないからこそ」「あの時代だからこそできた」というような言い方が伝統の世界でありがちですが、そこを超えていく技術が現代に再現されているのは、この世界においては珍しいことでエポックメイキングな出来事だったのではないかと思います。

道明:そうですね。先々代の頃、さきほどお話しした中尊寺組の組み方を解明したあたりからがブレイクスルーになっていますね。一番複雑だった構造が平成の半ばぐらいまででほぼ解明されたので、それ以降は、それを踏まえたうえで現代の新しい構造の組紐をどんどん作ってきました。そういった意味では、歴史を全部踏まえたうえで新しいものを作っている。今が全盛期といえば全盛期、になりますかね。

竹村:なるほど。

道明:いろんな人から「いやいやちょっと待て」と言われるかもしれないですが、あらゆる情報を得たうえで新しいものも作っている感じですので、高度なものが出来ているのは “今” だと思っています。

竹村:何百年も解けなかったフェルマーの最終定理が、現代に解けて数学界が盛り上がったことを思い出してしまいました。

道明:たしかに自然科学の世界は後退することがないですよね。新しい発見が蓄積されて、ちょっとずつちょっとずつ前に進んでいく。組紐もかなり構造的というか数学的だったりするものなので、過去の蓄積をちゃんとしていけばどんどん前に進んでいく、そういう類の工芸じゃないかなっていまは思っています。

作品の構成要素(糸、木、重り)

竹村:実際に組紐を制作する工程を何回か見せていただいたんですけど、意外にシンプルなんですよね。トントントントンっていう感じにリズミカルに作っていくイメージがすごく印象的だったんですけど。制作工程についても教えてください。

道明:組紐の道具は非常にシンプルでして、基本的に木の台とかで作られるんです。本当の手作りで作っているので木製の「高台」という木造軸組みたいな台と、丸い円盤状の「丸台」という台の2種類で大半のものは作られますね。高台はちょっと織物の織機に似ていて、基本的には手を動かして組んでいきますので、どちらかというと職人の技巧の比率の方が高い工芸ではあると思います。加えて、染糸の色をいかに計算しながら出していくか、いかに取り合わせていくか、そういう事によってデザインが決まってきます。単純なものだと、8玉とか16玉でできるんです(玉は糸の本数)。複雑なものになってくると、130玉とか250玉とかそのくらいの糸の本数で作ったりします。

竹村:丸い糸巻が着いていますよね?

道明:糸巻きには鉛の重りが入っていまして、重りで強力に引っ張りながら組んでいきます。

竹村:糸と木製の組台、それと重り、シンプルな構成ですね。

道明:そうですね。ちょっと動画を見ていただきましょうか。

竹村:(動画を見ながら)やっぱりすごくリズミカルに、一定のスピード感で、時々ちょっと動きが変わって何かあるんだろうなと思うんだけど、よくわからないままにどんどん進んで…

道明:自分でやってみるとこういう流れなのかってわかるんですけど、端から見てるとなかなかわからないですよね。
おっしゃるとおり、一番大事なのはリズムでして、おそるおそる丁寧にやってると、どうしてもぐちゃっとした紐になってしまうんで、思い切りよく、放り投げるぐらいの感じでリズムよくやることが大事ですね。

>Evolving Tradition in Japan #3 有職組紐 道明 葵一郎氏 (後編)に続く


KUMIHIMO by DOMYO展

2021年12月から2022年にかけて、 JAPAN HOUSE LOS ANGELES、同 LONDON、同 SAO PAULOという海外3館への巡回を予定しています。日本では展示は、2021年3月13日(土)、14日(日)の2日間、東京都千代田区の「アーツ千代田 3331」にて開催されました。


対談プロフィール

道明葵一郎(どうみょう きいちろう)

昭和53年6月15日生まれ
1997年 私立武蔵高校卒
2001年 私立早稲田大学理工学部建築学科卒
2004年 同大学院卒
2005年 道明葵一郎一級建築士事務所を主宰
2012年 株式会社道明代表取締役に就任
組紐の新しい可能性を追求した設計、制作を行うとともに、各地の歴史的組紐の調査と復元模造にも従事する。
ウェブサイト / Instagram / YouTube

竹村文禅

(一社)日本伝統文化協会会長。
現代、そして未来において、伝統文化が持つ価値をどのように見出し、次代に継承していくべきか。生活者の視点、企業人としての視点で、伝統文化の価値のリブランディングを目指し本協会を設立。


Return Top