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Evolving Tradition in Japan #7 蜂谷 宗苾(はちや そうひつ)氏【後編】

Evolving Tradition in Japan #7 蜂谷 宗苾(はちや そうひつ)氏【後編】

「Evolving Tradition in Japan」は、伝統文化を担い次代に繋いでいく“人”にフィーチャーしたインタビューシリーズです。様々なジャンルの日本の伝統文化のトップランナーをご紹介していきますのでお楽しみください。

去る6月末日、東京は港区の増上寺宝物展示室にて、志野流香道二十一世家元継承者である蜂谷宗苾氏に、一社)日本伝統文化協会会長の竹村文禅がお話を伺いました。

>Evolving Tradition in Japan #7 蜂谷 宗苾 氏【前編】から続く

バトンを繋ぐランナーとして

竹村:500年先を見据えたお話がありましたが、バトンを繋いでいくというプレッシャーはおありでしょうか。

蜂谷:それはずっと苦しんできました。この家に生まれたことの意味を、幼稚園、小学生ぐらいのときからずっと背負ってきましたので。同じようなプレッシャーを父親も祖父も背負ってきたと思います。

竹村:幼少の頃からですか。それは一般人には想像を絶する世界です。

蜂谷:20代の頃に死にかけた経験をしたことも大きな経験です。それから禅寺に修行に出て、禅の師匠に厳しく育てていただいたことですかね。30代の頃は、カバンひとつにお香道具を全部入れてがむしゃらに世界中を飛び回っていました。今となればその経験もカリキュラムだったんだと思います。現地の言葉を喋れないのも全然関係なく、どこにでも行きましたよ。メンターと出会えるのも大事なことです。いま子どもたちにとって心の指導者はいないのかもしれません。それはつらいことです。

竹村:お香はイマジネーションを歌に詠むなどある程度教養が求められますよね。私たちが接しているビジネスパーソンは、形から入ってしまって伝統文化に対する敷居の高さを感じているように思います。HOWに意識が向かい本質的な部分にまで到達しない。自分がどうしたいとか、あるいはその文化が発しているメッセージに対して自分が素直にどう捉えるか、というところがまずは一歩目なのかなと感じました。

蜂谷:両方大事なんです。志野流の体験会や教室でも、型が大事なのは当たり前だけれども、あまり気にしなくて良いですよというところからスタートします。まず香りを楽しんでくださいと。本当にやると決めたら入門して、そこからは3年5年10年かけてやることですから。先入観を作り上げてしまった私たちにも良くない部分がありますね。実際は、畳一目ずれるだけでも違うと言われるぐらい、500年積み上げてきた型は大事なんです。ただ、もっと大事なことは自然や心の大切さで、それをないがしろに型型型と言っていたら嫌になるでしょう。本当は、型から入って続けているうちに「そうか!」という瞬間が来るんですけれどね。そうは言ってもなかなか現代人にとってはハードルが高すぎるので、間口を広げています。

竹村:若宗匠の中で、苦しさや重みを価値転換できた瞬間というのは、何かきっかけがあったんでしょうか。

蜂谷:自分が40歳を過ぎて、この数年でかなり大きな転換期が自分の中であったと思います。人間関係の苦しみもあったし、長く精神的にも参ったし苦しかった。それをなんとか乗り越えて、去年の4月25日に京都の上賀茂神社の献香式(香を献ずる儀式)に、今まで何10年と父親がやってきた役目を「ちょっとお前やってみろ」と言われて経験したことは大きかったですね。

蜂谷:普段、家元が座っている場所と私が座っている場所が入れ替わっただけなんです。距離は畳一畳分しか離れていない。ただ、家元がたった一人で守ってきたところに座って、神々の前で自分がお点前する瞬間に涙が止まらなくなってしまったんです。悲しいとかではなく「これは何なんだ?!」と。良くご質問がある家元の「重み」がリアルに乗った瞬間なんですね。その重みは測れませんがリアルに重みなんです。しょっちゅう親子喧嘩もしますが、少しは真面目に話を聞こうかなと思いました(笑)。病弱で小さな身体の家元が一人で背負ってきたこの重みは、大げさでなく地球上で私しか感じられないと、これはやばいと思いましたね。そこで大きな自分の中の変化がありました。

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竹村:そういった転換点を経験されて、その先へどんなビジョンを描いておられるのでしょうか。

蜂谷:更に今年も増上寺で大きな儀式をさせていただいたり、人生の変化は一度きりではなく、車のシフトチェンジのように、段々変わっていくんですね。私は自分のピークは73歳と決まっているんです。他のお家元の皆さんを存じ上げているし、父の73歳のときも見てきて、70台前半が一番色気があって沢山のことを吸収し、経験も積んで体力はまだある。それが70代前半だなと思ったんです。78には78の良さがある。中にはもう90代になってもまだまだ元気と幅はあるでしょうが、私は73歳でピークを持ってくるようにあと30年、その間に本も読んで経験も積んで、どんどんシフトを上げている途中です。

竹村:伝統は革新がないと続いていきません。伝統と軽々しく言いますが、その重みは現代人には計り知れない重みです。足利義政の始まりの青磁の香炉があり、そして今現代のヴェネチアングラスの香炉がある。とても象徴的に感じます。伝統と革新の連続があるからこそ、500年、600年、そして1000年続いていくということだろうと思います。そのパッションというか、原動力はどういうところにあるのでしょう?

蜂谷:今こうやって活動できる有難みはあります。日本が戦争中だったらできませんから。太平洋戦争の最中に山の中の疎開先で、作法を忘れないように、口伝でビデオテープも何もない中で続けてきた過去もあります。私は世界をまわったり色んな人とコラボレーションをやれるというのは幸せです。その代その代のできることは限られているわけで、私も海外に行かずにコラボレーションもせず、朝から晩までお香を聞くというのでもいいわけです。ただ、そこには私の考え方があり、それを代々ずっとやってきた結果が伝統になっているわけなので。現代に生きる私は、スマートフォンも使います。バージョンアップしていきます。私は志野ver.21。次の代は志野ver.22をやるということです。

摂理に生きる、その先へ 

竹村:次世代につなげていくためのキーワードが伝統と革新の連続ということで、今時点の若宗匠だからこそできることとはどんなことでしょうか。

蜂谷:人の一生はたかだか100年で、自然界のちっぽけな存在が一代でできることは限られています。自然の摂理で春になったら桜が咲き、月が昇り、秋になったら紅葉するように、植物も動物も皆自然に生きているだけで、唯一人間だけが逆らって生きている。だから私がどうこうしよう、変えようというのはおこがましいと思っています。今日私がやっていることも、誰かとコラボレーションすることも、それは桜が咲くようにパッと頭に浮かんだことを自然にやっているだけで、結果的にお香が人の心に響いたのであれば良かったなと。自然の摂理で桜が咲くように、落ち葉が勝手に落ちるように生きていけばいいのかなと思っています。

竹村:論語の中に「矩を踰えず(のりをこえず)」心の赴くままに行動しても道徳からは外れないという言葉もありますね。

蜂谷:私は読書が嫌いだったので自分の経験でやってきました。自分で痛い目にあって全部経験してきた結果、それは書物に先人たちが書いてきたことと同じだったという風に。論語読みの論語知らずじゃだめなんですね。リーダー論も、ビジネス書を何十冊も読んでリーダーになれるかといったらなれませんね。私はなるべく書物を読まないように、失敗も含めて何が大事かという自分の経験を大切にしていて、それは今も続けています。

竹村:ご自分の経験を大切にされるというお話の一方で、先人による伝統文化の蓄積の素晴らしさをバックグラウンドとして持つことの価値についてはいかがでしょうか。

蜂谷:新しい取り組みもやっていますが、500年やってきたことは何よりも一番の強みなんです。これ以上強固なものはないというくらい、長い年月と二十人の家元でつないできた精神と作法があるので、それはこれからもずっと学び続けます。そういう安心感があるから新しいチャレンジもできる。ピカソの子供の頃のデッサンはものすごく緻密ですよね。そういったベースをしっかりやるということ。その大切さはなかなか気付きにくいことですね。

蜂谷:いま47歳で、香道が何であるかを「わかる」というのは無理です。恐ろしいし、しんどい山登りですが、苦しいからこそ人生も一緒で諦めずにずっと続けた先に素晴らしい景色が開ける。早く楽にというのは何も意味がない。自分で気づいて遠回りすることに意味があると思っています。階段を一段飛ばしすると大体つまづきます。

竹村:本日は大変貴重なお話をありがとうございました。


対談プロフィール

蜂谷 宗苾(はちや そうひつ)

室町時代より二十代五百年に渡り香道を継承する志野流の第二十世家元蜂谷宗玄の嫡男として生まれる。2002年より大徳寺松源院泉田玉堂老大師の下に身を置き、2004年玉堂老大師より軒号「一枝軒」宗名「宗苾」を拝受、第二十一代目家元継承者(若宗匠)となる。現在は次期家元として全国の幼稚園から大学での講座を開催する他、パリ、ロンドン、北京など海外教場での教授、講演会も精力的に行っている。また稀少な「香木」を後世に遺していくため植林活動も行っている。文化庁海外文化交流使 フランス調香師協会名誉会員。日本ソムリエ協会ソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ) 日本文化デザインフォーラム幹事。

ウェブサイト / Instagram

竹村文禅

(一社)日本伝統文化協会会長。
現代、そして未来において、伝統文化が持つ価値をどのように見出し、次代に継承していくべきか。生活者の視点、企業人としての視点で、伝統文化の価値のリブランディングを目指し本協会を設立。

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