「Discovery Tradition in Japan」は、様々な形で伝統文化と関わりのある方にお話を伺うインタビューシリーズです。活動やその裏にある想いから伝統文化の輪郭に迫っていきます。ジャンルにとらわれずご紹介していきますのでどうぞお楽しみに。
麹とは
竹村(JCBase):今回のゲストは、一般社団法人日本麹クリエイター協会代表理事の鈴木ひろみ様です。日本の食文化の伝統の極み「麹(こうじ)」にスポットライトを当てお話を伺っていきます。まずは、鈴木様ご自身について教えていただけますか。
鈴木ひろみ氏:”日本で唯一6種類の麹をおうちで作れるようになる”「麹クリエイター講座」を開催して、その講師育成などをしている日本麹クリエイター協会の代表理事をしています。鎌倉で「麹Style(こうじすたいる)」という、自家製の麹を使ったごはんやおやつを召し上がっていただけるカフェも経営しています。
竹村:お酒好きの方は日本酒、お料理好きの方は調味料など、実は日常の中で当たり前にお世話になっている麹ですが、意外に詳しくない方が多いのではないかと思います。まずは麹の基本からお話いただけますか?
鈴木:麹というと、お味噌作りをする方では「お味噌を作るときに取り寄せるもの」と認識されていたり、「お酒造りをする杜氏さんの手がきれい」「コウジ酸には美白効果がある」といった形で聞いたことがあるかもしれません。麹菌という微生物がお米や麦に菌糸を生やしたものが麹で、塩以外の日本の調味料の元はお味噌もお醤油もみりんもお酢もお酒も、すべて麹づくりから始まって調味料になっていくので、実はみなさんとてもお世話になっているんです。麹がなければ和食は成立しません。そこをご存知の方はなかなかいませんね。
竹村:なるほど。麹菌が、和食の文化を支えているということなんですね。
日本独自の調味料
鈴木:麹は日本の菌で「国菌(こっきん)」なんですよね。麹菌は学名で「アスペルギルスオリゼー」と言います。
竹村:「国菌」という言葉を初めて知りました。たとえば、みりんや醤油は海外に売り出されていますが、日本独特の調味料なんでしょうか。
鈴木:麹菌は日本にしかいない菌なんです。中国や韓国にも餅麹といわれる、麹と似たようなものがあるんですが、麹菌の「アスペルギルス属」ではありません。麹菌は日本独自の菌で「過去の日本人がその菌を見つけて、それを繋いできている」ということなんです。
竹村:どれぐらいの昔から麹は使われているんでしょうか。
鈴木:麹の歴史の本では、一番古くは「縄文時代ぐらいからお味噌を使っていた」ことが書かれています。「平安時代には、お味噌というものはとてもおいしいもので、お給料として支払われていたこともある」と言われています。実は日本人には切っても切り離せないものが、麹菌なんですよね。
竹村:我々はあえて伝統文化という言い方をしていますけれども、今の日常の中でも使われているという意味ではまだまだ現役の文化ということなんですよね。それは知らない方が多いんじゃないでしょうか。
鈴木:多いですね。麹という漢字も読めない方が多いです。私たちの協会は「日本麹クリエイター協会」なんですけど、『「 ”麺(めん)”協会」さんですか?』と読まれることがけっこう多いんです。「縁の下の力持ち」すぎて、気づいていないまま今までずっとお世話になってきている方が多いということですね。
協会設立
竹村:一般社団法人日本麹クリエイター協会という協会を設立し、代表理事をされていますが、麹にどう着目してこの協会を設立したのか、きっかけなどを教えてください。
鈴木:元々、会社員としてこどもが3人いて仕事を続けていましたが、仕事と子育てとの両立がなかなか難しくて、「働き方を変えたい」と思うようになりました。ヨガのインストラクター資格を取ったりしましたが、食の勉強をする中で、「腸にいい食事」を学んだ時に、「発酵食品が腸にはいいよ」というところから麹に行き着いて、杜氏さん、味噌蔵、醤油蔵さんに麹を学んでいったんです。「これをおうちで作れるようになったらいいなあ」というところから、自宅用の麹を作る箱を開発して、日本麹クリエイター協会を設立しました。
麹に出会った時に、すごくおいしくて。麹というと一般的な「黄麹菌」を使った白い麹を思い浮かべる方が多いと思うんですけど、「黒麹菌」という「泡盛」や「黒霧島」というお酒を作る時に使う菌があって、それがびっくりするくらいおいしいんですよ。でも、なかなか売ってないので「自分で作るしかない」というところに行き着きました。私自身、丁寧な暮らしからすごく遠くにいるタイプで、その私でもちゃんとおうちで作れたので、「これだったらみんなにも作れる」と感じました。そこを広げて知っていただけたら、簡単においしくごはんが作れるようになるんですよね。麹があることで女性の武器にもなるし、これを伝えることがお仕事にもなるし、「女性たちの力で、もっと素敵なものにして次世代につなげたい」という思いから協会を設立しました。
竹村:鈴木様のご経歴からIT業界や製薬の業界でトップランナーとして「相当ハードな働き方をなさっていたんだなぁ」と拝見していました。「働き方を見直す」中でたどり着いたのが麹だったということですね。
鈴木:探し求めて、「ここで出会えた」っていう感じでしたね。
竹村:「麹がなかなか身近にないこと」と、「その麹を身近なところに持ってきた」という二つの意味ですごいと思います。どういった原動力で協会設立までに至ったのかを改めてお伺いしたいです。
鈴木:麹の「簡単においしくなる」ところにすごいパワーを感じたんです。自分自身が医療業界で病気や手術に関わる仕事をしていたので、「体は食べたものでできている」ことを実感していました。それなのに、時間が足りず「母としてこども達にちゃんとしたごはんを作ることができていない」ことが罪悪感になっていたんですね。
ごはん作りや料理が得意なわけではなかったので、自分がごはんを作れるようになったことで、「母としてちゃんとやってあげられてる」って思えたんです。逆にお掃除しなくても「ごはんだけは体にいいものを、自分の力で簡単に作ってあげられる」だけで、「世の中のママはどれだけ楽になるだろう」と感じたんですよね。
働き方は、私自身もどのステージに行ってもずっと悩むだろうなと感じています。周りの女性たちも自分の変化、結婚したり、子どもを産んだり、旦那さんの転勤といった形で、自分の軸を手放さなければいけない女性たちをたくさん見ていたので、サポートできることが何かないかなというときに、全部一気に解決してくれるものとして、麹が私の前に現れてくれたんです。
麹を中心としたライフスタイル
竹村:麹を通してライフスタイルが180℃変わったんですね。「自分の実体験を基に身近に届けるためには何ができるんだ?」ということが一つのキーワードなんでしょうか。日本麹クリエイター協会さんでなさっている具体的な活動や、おっしゃっているライフスタイルをどのように実現されているのかをお伺いしたいです。
鈴木:この三段の箱が実際に麹を作る箱「麹箱」です。一人暮らしの女性のお部屋にあっても、「なんだろう?この箱かわいいな」となるような箱にしたくて作りました。一段目に麹を入れて、二段目、三段目は、お湯や電気あんかを入れて、保温と保湿ができるようになっているんです。
ここからが麹づくりの講座の写真です。
鈴木:こちらは麹を作る過程で、蒸したお米に黒麹菌をかけた後ですね。このようにして、菌がお米についている状態にして、それを保温することによって麹になっていくんです。
3日間かけて麹が出来上がった「出麹(でこうじ)」という状態です。(白米・玄米・麦)×(黄麹菌・黒麹菌)で6種類作っています。
鈴木:このコップが四つ並んでいるものが、麹を使った簡単なスープです。
塩麹にトマトを入れたり、ネギを入れたりしているだけなんですけど、お湯を注ぐだけでスープになる。中華スープになったりするような簡単レシピの活用法も、この講座の中でお伝えしています。
6種類の麹で、「塩麹」「醤油麹」「甘酒」を作ると18種類の調味料が作れますし、お味噌も作れます。それだけで、もう20種類以上の調味料が自分の手で作れることになるんです。
鈴木:こちらが、ごはんの講座で作るものです。「お肉」「お魚」「パーティー料理」がテーマの3日間の講座です。写真のようなメニューが簡単に作れるようになるんです。麹は和食のイメージが強いので、鎌倉の麹Styleではあえて洋食を出しています。麹の酵素の力でお肉もお魚もとても柔らかくなって簡単に作れます。写真右上のタワーになってる麹は、この講座のなかのお味噌作り用のものなんです。みなさんおうちで麹を作ってごはんを簡単に作って召し上がっていただいて、家族のために、お友達が来た時に、一瞬でできる簡単メニューばかりで、レシピを見なくてもできるものをお伝えしています。
竹村:それはすごいですね。ある種の革命じゃないでしょうか。
鈴木:化学調味料を使用せずに済み、掛け合わせてもおいしくなります。たとえば、塩麹と甘酒を掛け合わせてオイルとお酢を入れると、おいしいドレッシングができるんですよ。20種類もあると掛け合わせも無限大になりますし、「簡単・和えるだけ・混ぜるだけ」で、麹が持つ酵素が旨み成分を引き出してくれたり、食材と合わさることで、よりおいしくしてくれたりするんですよね。おいしく腸内環境が整うので、お子さんのアレルギーやアトピーが改善したり、お薬を卒業したり、自己肯定感が上がって元気になって、いいことずくめです。みなさん毎日のことなので、継続できるというところもすごく大きいですね。
麹の魅力
竹村:腸内環境がよくなるといったお話がありましたが、体に対する影響は具体的にどうすごいんでしょうか。
鈴木:麹菌が麦やお米に菌糸を伸ばしていくときにビタミン類を出します。麹にはビタミンB群、特に玄米にはビタミンB1がたっぷり含まれているんです。麦にはなんと玄米の四倍もの食物繊維が含まれていて、食物繊維自体が腸の中で腸内細菌のエサになる効果もあるんです。ビタミンや食物繊維が同時に摂れて、発酵代謝物として腸内環境を整えてくれるものがたっぷり入っているんですよ。
お肌が綺麗になるのは、麹菌自体が出してくれているビタミンB群の力が大きくて、その恩恵に預かっているんです。麹自体が腸内環境を整えてくれるのと、食材と合わせた時に菌の餌にもなってるんですね。なので、たとえばドレッシングにしてお野菜にかけると、生の野菜自体にいる乳酸菌が麹の調味料を餌して増えるんです。麹を食べるといいことがたくさんあるので「菌活」ですね。
竹村:その麹は最終的に上澄み液みたいな物になったら絞ったりするっていうことなんですか?
鈴木:全部一緒に食べちゃいます。醤油は麹と水と塩で作って、最後絞って、その絞った液がお醤油になっているんですけど、塩麹や醤油麹や甘酒に関しては、麹そのものを一緒に食べています。
竹村:なるほど。麦や米と一緒になって麹菌がかかっているってことなんですね?
鈴木:入っているという感じですね。麹づくりの時に、菌たちが活動してお米や麦に菌糸が入っていくときに一緒に酵素も落とします。「お肉に麹をつけると柔らかくなる」のは、この酵素に分解してくれる効果があって、酵素の力で柔らかくなっているんです。食べたあとのお肉は本来は腸内環境を悪くするようなものなんですけど、酵素のおかげで消化しやすい状態になっているので、腸にも優しくタンパク質を摂ることもできますね。
麹の魅力
竹村:お店で売っている調味料と、自分で作る調味料、違いは何かあったりするんでしょうか?
鈴木:醤油やみりんは発酵食品ではあるんですけれど、今店頭で売られているものは麹からしっかり発酵させて作っているものが少ないんです。お醤油ってスーパーで買うとかなり安いですよね?
本来はお醤油って一年ぐらいかけて発酵させて作るものなんですけれども、そういった丁寧な作り方では、あんなに安価では売れないので、お醤油もどきみたいなものがお醤油として販売されていることがあるんですよね。本物の醤油を作っているお醤油屋さんもあるので、そういうものを選ぶことが大事です。
麹も、市販でも売られていますが、作り方、製法は何も書かれていなくて、「麹」って書かれているだけなんですね。なので、いろんな物を塗布して作っているものや、人の手が入らない製法で作られるものもあります。自分の手で作ることで、その麹の中に自分たちの常在菌も入って、自分の体に合っている麹が作れます。私達は、市販品の5倍もの麹菌を使用した作り方をお伝えしていることもあって、菌の量がそもそも多いうえに、自作すれば穀類に無農薬の玄米や麦が選べるので、どこまでも体にいい麹が作れるんですよね。味も全然違いますし、市販の麹と自分で作った麹はかなり違うので、みなさんそれを試して「自分で作ろう」「自分で作りたい」って思う方が多いです。
竹村:「醤油に一年」という話を伺って、メーカーが半工業的に何かを作ってしまうというのは、売っている側の問題以前に、我々自身がそういう背景を知らない、忘れてしまっているという問題について考えさせられますね。冒頭で、「麹は、伝統というところもあるけれど、まだまだ生きている今の文化だ」という話をさせていただいたんですけれども、今こういう風に作られていることを知っておかないと、本当に忘れ去られて、「もどき」みたいな商品ばっかりになってしまうんですね。
鈴木:調味料は、もどき商品がたくさんあるというよりスーパーではほとんどそれしか売っていないんです。だから、それを本物だと思って、今までずっと召し上がっている方も多いと思います。
スーパーで見ていただくと、「丸大豆醤油」と書いてあっても、油を絞ったあとの「脱脂大豆」が原料に使われているお醤油ばっかりなんです。いい素材をしっかり一年間ちゃんと発酵させてから絞ったお醤油って、丁寧に作られていておいしいんです。私たち自身が、知って選んで買っていくことで、丁寧に作るところも多くなると思っています。大量生産で安価なものを選んでいくと、本物のいいものは廃れていってしまうので、そのあたりも講座を通じてお伝えしています。
竹村:我々、日本伝統文化協会の一つのキーワードで「次世代につないでいく」というのは、大きなテーマになっています。次の世代に繋げていくという意味では、ご家庭で本物を見てお子さんたちが育つことで全然違うんだろうなと思いながら伺っていました。
鈴木:我が家の場合は、何か言葉で伝えるとかじゃなくて、日常に麹がある中で育っています。麹を作っている時はすごくいい香りがするんですよね。2日目とか甘い香りがするんですよ。そうすると子供が帰ってきて、「あ、ママ今日は麹作ってるね」と、その香りで麹を作っているのがわかるとか、麹が彼女達にとっては多分もう当たり前なものになっているので、わざわざ食育とかではなくて当たり前のものとしてつながっていくと一番いいなあと思っています。
そして、この麹箱を嫁入り道具にしたいなと考えています。うちは子どもは三姉妹で全員女の子なので、みんなが麹箱を連れて行ってくれるといいなと思っていますし、協会でもまだ結婚されてない講師の方には「嫁に行く時は麹箱を1個贈る」なんて言っていたりします。一家に一台、この麹箱があることで、次世代に繋いだり、「これで自分で麹を作れるから大丈夫」と、ママ達が自信を持ったりすることで、女性たちの笑顔が増えていくと、「女性の笑顔は家庭平和を作る」と思っているので、平和を食から作っていけたらと思っています。
竹村:「家庭でできる」「料理を簡単においしくしていく」といったところから、その中心にある「麹と対話しながら、日常のライフスタイルの質をより高めていくことができる」っていうことなんだろうなあ、と思いました。
鈴木:麹が生き物のせいか、麹を作っていると麹がかわいくてかわいくて。みんなに「麹がかわいい」って言うと、「なんだそれ」って顔をされますけど、本当にかわいくて、育てるのもかわいくて。最後食べちゃうんですけど、かわいいんですよね。この感覚を、ぜひみなさんにも知っていただけたらうれしいなあと思っています。
竹村:ありがとうございます。麹と日常の中で毎日触れ合うことが、おそらく一番次世代に残っていく一つのメッセージになるのかなと感じました。
鈴木:まずは召し上がっていただくのが一番ですので、鎌倉の麹Styleにいらしていただくと一番わかりやすいかなって思います。遠方の方は、麹Styleのオンラインショップがあって、「お米に混ぜて炊くだけの麦塩麹」がありますので、まずは「麹を食べる」ことを試していただけると、おいしさが伝わると思っています。見てみていただけたらうれしく思います。
対談者プロフィール
鈴木 ひろみ(すずき ひろみ)
一般社団法人日本麹クリエイター協会 代表理事
麹Style株式会社 代表取締役
1976年 東京都生まれ。
東京農業大学麹菌学・麹造醸学単位取得。
延べ1万人以上へ自家製麹や麹の活用法についてお伝えしている資格講座開始後4年で麹クリエイター600名を超え、麹マスター250名を超える。麹クリエイター・麹マスター両資格保持者のオリジナル1day Lessonをプロデュースし講師デビューを現実のものとし女性の新しい働き方を構築している。
ウェブサイト(麹Style, 日本麹クリエイター協会)
竹村文禅
(一社)日本伝統文化協会会長。
現代、そして未来において、伝統文化が持つ価値をどのように見出し、次代に継承していくべきか。生活者の視点、企業人としての視点で、伝統文化の価値のリブランディングを目指し本協会を設立。