自粛期間中、宝生流シテ方 佐野登師が能の演目の解説を日々発信してこられました。「能」が発信するメッセージを少しでもお伝えできればとコラムにさせていただきました。
白絵馬と黒絵馬
能「絵馬」(えま)は、伊勢神宮を訪れた帝の臣下が、五穀豊穣を願うために、日照りを占う白絵馬を持った老人と雨を占う黒絵馬を持った姥に出会います。どちらを掛けるか争った末に、万民の為、晴雨がうまく訪れることを願い、今年からは両方の絵馬を掛ける事にし、私たちは伊勢二柱の神と言い姿を消します。やがて天照大神、天鈿女命、手力雄命が現れ天岩戸の謂れを再現し、天下泰平を祝うというストーリーです。
メッセージ
私が一番最初に素人のお弟子さんの稽古を始めたのは、長野県上高井郡小布施町です。この町は、私の祖父の時代から稽古へ通っていたご縁で私も稽古を始める切っ掛けになりました。当時お弟子さん達は、みな農業に従事している方々でした。この町の方々からいろいろな学びがあり、いま現在の活動に繋がっています。
梅雨のある日の稽古の時、本来なら雨が降るはずの時期に雨が降らない。稽古の途中にポツポツと雨が降り始めると、皆さん稽古どこらではなく「お湿りだ有難い」と外を眺めます。この時、お弟子さん達に尋ねました。「雨が降って欲しい時、お日様が出て欲しい時はどうするのですか?」すると皆んなに言われました。「祈るしかないだろ」
その通りです。自然の恵みに感謝し自然の中で生きているのですね。だから皆んな優しく、言葉が通じない植物に想いが持てるのだと気付きました。
この「絵馬」の老人も姥も、贅沢なお願いを沢山してはいけないと遠慮しつつ、ひとつ願うなら「日照りも雨も丁度良くして下さい」とひとつの想いにしたのでしょうね。まずは祈り願い信じる気持ちが大事で、その為に謙虚で素直にならなくてはいけません。
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ご紹介
能楽師・佐野登師は、能楽師として第一線で活躍する一方で、能を使った教育や地域活性化の取り組みを精力的に展開されています。小山龍介氏との対談『佐野登の能からのインスピレーション』でも興味深いメッセージを発信されています。
佐野 登(さの のぼる)
能楽師シテ方(宝生流)
一般社団法人 日本能楽謡隊協会 代表理事
重要無形文化財総合指定(能楽)保持者。(社)日本能楽会及び(社)能楽協会会員。
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